父を責め立てる息子
先日、お墓参りに行きました。
義父母が眠るお墓に近づくと、いつもは静寂につつまれている墓地の向こうから、男の怒鳴り声が響いてきました。
50代半ばと思われる中年男性が、おそらく80代と思われる小柄な老人を、
大声で罵倒しているのです。
「お母さんの介護を怠っていただろう !
寝たきりのお母さんが、あれを取って、これを取ってと
お願いしているのに、知らんぷりしていたな !
薬も、ちゃんと飲ませていなかったな !
お母さんがこんなに早く死んだのは、お前のせいだ ! 」
と、どうやら、亡くなった母親のお墓の前で、墓参りに連れてきた高齢の
父親を、激しく責め立てているようです。
一方、怒鳴られている父親は、怒り狂う息子を、ただ黙って見つめているだけです。
約30分後、私が墓参りを終えて墓地を離れようとしていたときも、
あの息子は、まだ父親に向かって怒鳴り続けていました。
その剣幕の激しさから、おそらく1時間でも2時間でも、
父親を責め続けるだろうと思われました。
私には、この息子の憤りがわかる
何がこんなに、この息子を怒らせているのだろう?
この息子は、なんらかの精神疾患をかかえているのかもしれない。
はじめは、単純にそう思いました。
でも、次の瞬間、この出来事が、他人事ではなくなりました。
私には、この息子の憤りが「わかる」
という感覚があったのです。
私にも、親の介護・看取りに直面して、親に対する不満や疑問、怒り、憤りが噴出したことがありました。
母が亡くなって、約1年が過ぎようとするころでした。
認知症が日々進行していくにもかかわらず、残された父は、施設入居をかたくなに拒み、荒れ果てた実家で一人暮らしを続けていました。
私は、フルタイムの仕事を続けながら、父の安否確認と家事・通院サポートのため、できうる限り実家を訪問していました。
今から思うと、神経がすり減るような毎日でした。
認知機能が少しずつ衰えていくのに、プライドと意地だけは捨てない。
そんな、やっかいな老父と向き合うのは、正直、実に骨の折れることでした。
かわいそうで愛おしかった母を亡くした寂しさやつらさが、
父に対する反発や攻撃に向かうのも当然だったのかもしれません。
幸せな家庭がほしかった
幼いころから、父は母を大切に扱ってこなかった。
つまり、家庭に平和がなかったことへの怒り。
幼いころから、子どもである自分は、父と母の顔色を見ながら
二人の仲を取り持って、
どうにかして家庭に平和を保ちたい、と必死で頑張っていた。
だけど結局、その願いがかなわなかったことへの恨み。
単に、親の介護がつらい、しんどい、だけではない、
もっと根深くて、もっと長い家族の歴史の中で、
心底、子どもとしてつらかった思い、悲しかった思いが、
年老いた父を前にして、ほとばしり出たのです。
もっとやすらかで、幸せな家庭であってほしかった
母はもっと幸せに生きてほしかった
母には、もっと長生きしてほしかった
それがかなわなかったのは、
父が、妻である母を大切にしなかったからだ
父が、子どもである私 (俺) を、大切にしなかったからだ
どうしてくれるんだ !
母親のお墓の前で、年老いた父親を罵倒し続ける中年男性は、
そのまま、あの日の私の姿でした。
今、求められていること
母が先に亡くなり、父がこの墓に入るのも、もはや時間の問題。
いまさら、父に過去を咎めても、仕方がないことは十分わかっている。
伴侶を先に亡くした父だって、気の毒なのは十分わかっている。
認知症の老人を怒鳴るなんて、道義的にどうなんだ。
そんなこと、十分わかっている。
それでも、
まだ生きている父に向って、まだ生きているからこそ、
激しく言い立てなければならないほどの
言いようのない、
深い苦しみや悲しみが、子どもの心には残っているのです。
いやされること
心に刺さったすべての「とげ」を抜いてしまうこと
そして、親をひとりの人間として、受け入れられるようになること
これが求められている
今、全国で約1500万〜2000万人の子どもたちが、親の衰えを感じ、
介護や看取りを現実的な将来としてとらえているそうです。
日本の高齢者世帯は約1720万世帯にのぼることから、
このような数字になるとgeminiが教えてくれました。
この約1500万〜2000万人のなかで、親の死が近づくまで、
親子間、家族間の「ゆがみ」に気がつかないまま、
「親子」「家族」を続けてきてしまった子どもたちが、
全国にいったい何人いることでしょう?
親子関係の改善を専門とするセラピストとして、
心が引き締まる思いがしました。

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